国連大学グローバル・セミナー

国連大学グローバル・セミナー 第8回 北海道セッション

8月17日~20日の4日間、北海道教育大学で国連大学グローバル・セミナーが開催され、初日の一般公開日に、リーズ大学教育学部のオードリー・オスラー教授が基調講演を行いました。「グローバル時代における言語と文化」というタイトルで開催されたセミナーの参加者は、大学生、大学院生、留学生に社会人など様々で、一般公開の基調講演には合わせて200名ほどが参加し、みな大変熱心に講演を聴いていました。

過去のイベント/国連大学グローバル・セミナー | リーズ大学
過去のイベント/国連大学グローバル・セミナー | リーズ大学
  • オードリー・オスラー教授 (Professor Audrey Osler)
  • MA Education and Democracyプログラム・ディレクター
  • 教育や学習の社会文化性や、平等・人権問題に関連する教育政策について専門に研究する。英国での開発教育の実践者であり、国際開発の分野では被災後や紛争発生後の地域での教育の役割や人権教育についてコンサルタントも務める。大学外では、英国政府の諮問委員や、ユネスコや欧州連合理事会など、数々の国際機関でアドバイザーを務める。著書である『世界の開発教育 教師のためのグローバル・カリキュラム』の日本語訳が明石書店から発行されている。

『学校を変えていくためには、リスクを負わなければいけません:市民権、多文化主義、子供の人権』

民主主義国家では、学校教育で民主主義を理解する政治参加型の市民の育成を望むものですが、学校というものは昔から独裁的な機関であり、その構成員である教師も学生も、変化を起こすことに無力に感じていることが多いようです。学校内や地域で、社会的変革を起こそうと志す教師は、生徒の貧困、社会的不平等や差別、暴力、そして日々の現実が理想的な民主主義に当てはまらないことによる生徒自身の挫折や皮肉的な考え方など、様々な障害や挑戦に遭遇することでしょう。子供の人権や市民権が尊重される学校を作るためには、リスクを負うことを恐れない教師が必要です。教師と学校の責任者がリスクを負うことを恐れなくなったときに変化は起きるのです。

本日の講演では、学校に通う若い人々と関わりあう上で、地球市民としての私たち教師の責任についてお話したいと思います。子供たちの人権を守ることができる学校に変えるには、何が必要なのでしょう。子供はただ教育を受ける権利があるだけではなく、自分達自身を含む、地球上の全ての人間の人権を強化し、尊重できる教育を受ける権利があると、私は思うのです。

そこで、人々の多様化に対応するために、そして多様化に特徴付けられるだけの社会ではなく、存在する多様化を認識できる社会に住む人々を育成するために、日本の学校はどのように変わる必要があるのかを、皆さんには考えて欲しいのです。これからの若い人々、そして、私たち全員が直面する問題は、地球市民として、遠い世界に住む人々の違いや人間性を理解するだけでなく、同じ街に住む隣人との違いを理解できるようになるために、何をすればよいのか、ということなのです。遠い世界に住む違う人達と結束することも大切ですが、近所や同じ街に住む「違う人達」と結束すること、つまり私たちの中に住む「違う人達」と結束することこそ、私が思うに、もっと大きなチャレンジなのです。

2001年9月11日からというもの、私たちは違う人達の恐怖、私たちと違う信仰の恐怖、そして、もっと恐ろしく、わからない世界を作りあげるために、世界各国の政治家が使うテロリズムの恐怖というものを見てきました。 これは教師として私たちが無視できることではありません。 このような状況で若い人々を教育する責任について、そして外国人恐怖症に立ち向かうだけでなく、若い人々が彼らが住む世界を理解し、変えていくことができるよう、進む道を考えなければなりません。

差別や低賃金、貧困などの問題は、裕福な国にも発展途上の国にも存在します。移民は特に個人レベル及び団体レベルで敵視され、差別の対象になる傾向があります。人権に関するプロジェクトというのは世界共通のものであり、成功させるためには、市民の教育方法を改善していかねばならず、私たちの行っている現在の市民教育と人権教育に対するアプローチを考え直さなければいけないと思います。

子供の人権の振興と質の良い教育の保証

世界人権宣言の26条と子供の権利条約28条では、子供たちは無料の義務教育を受ける権利だけではなく、人権教育を受ける権利を定めています。果たして、皆さんのうちの何人の方が学校で人権について学んだでしょうか。私は学校で人権について学ばなかっただけでなく、私が受けた教員養成プログラムでは、人権について特別取り上げられませんでした。もし教師が人権を教える準備ができていなければ、子供たちが人権教育を受けるということは無理に等しいのではないでしょうか。

人権教育:to, in and through

子供たちは質の良い教育を受ける権利があります。質の良い教育とは、ベルギー人の子供の人権活動家であり、教育者でもある、ユージン・フェルハーレンが唱えたように、「教育を受ける権利(right to education)、教育での権利(rights in education)、そして教育による権利(rights through education)」を意味します。(フェルハーレン 2000) 既に教育を受ける権利については述べました。教育での権利というのは、学校や教育システムの中で子供の権利を守らなければならないということです。政府は学校内で子供の権利を守るための法律的制度を整える義務があります。そして、子供たちは彼ら自身についての政策決定に参加し、毎日の学校生活に参加する権利を持っているのです。教育による権利とは、子供たちは彼らの権利を知り、その権利を行使できることを政府が保証する義務があるということです。これは、全ての教師と子供たちのための人権教育を意味します。もし自分たちの権利を知らなければ、彼かはその権利を行使することもできないでしょう。学校で子供の人権について1時間か2時間のクラスを持つだけでは、その条件を満たしません。学校のカリキュラムを通して、そして他の科目を通して人権について教えなければ、子供たちが人権を理解することにはつながりません。

リーズ大学日本担当よりメッセージ

日々多文化社会になる日本において、人権教育というものがどれだけ盛んに取り組まれているでしょうか。知識だけを教える教育ではなく、国際人として、自分の住む世界に関心のある市民の育成は、日本だけでなく世界の課題です。イギリスでは2002年からCitizenship educationと言われる、市民教育(開発教育)が義務教育になりました。この分野の権威であるオードリー・オスラー教授は、日本でも著書が出版されており、セミナーの中でもちょっとした有名人でしたが、とてもフレンドリーで素敵な方でした。日本や世界における人権教育、市民教育に興味関心のある方は、MA Education and Democracyがお薦めです!

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